研究系及び研究施設の現状 185
計算分子科学第二研究部門
斉 藤 真 司(教授) (2005 年 10 月 1 日着任)
A -1)専門領域:理論化学
A -2)研究課題:
a) 凝縮系の多次元分光法の理論研究
b)溶液、生体高分子の構造変化ダイナミクスの理論研究 c) 過冷却状態、相転移ダイナミクスの理論研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 水の複雑なダイナミクス・運動の様相を解析するために,多次元分光法,とくに2次元ラマン分光法の理論・数値解 析を進めてきた。平衡分子動力学法および非平衡分子動力学法を用いて2次元ラマン分光法の解析を行った結果, おもに並進運動に由来する非調和ダイナミクスにより,負の応答を示すシグナルがt2軸近傍に現れることが明らか にした。また,分極率を通して衡振運動と並進運動が結合していることも明らかとし,これら並進運動間,並進−衡 振運動間の結合は2次元スペクトルにおいては,和周波・差周波ピークとして観測・解析できることも示した。氷や アモルファス氷の2次元ラマン分光法についても解析を行った結果,2次元ラマン分光法は光カー効果などの1次 元ラマン分光法に比べ,氷 I h 構造の非等方性,氷とアモルファス氷の構造の違い,アモルファス氷( L D A ,H D A , V HD A )間の構造の違いにも敏感であることを明らかにした。
b)イオンチャネルのイオンの透過機構の解析を行った。とくに,K+チャネルをモデル化し,チャネル部分を同程度の径 と長さを持つカーボンナノチューブで置き換え,イオン透過のダイナミクスについて解析をおこなった。その結果, ナノチューブへの進入,内部での移動,ナノチューブからの通過にともない,ナノチューブ内部の水の衡振運動の明 確なスペクトル拡散が明らかになった。実際の系では,アミノ酸残基のスペクトルの変化を観測することで,チャネ ル部分のイオンの移動のダイナミクスを観測できると予想される。また,チャネル部分とイオンの相互作用により バルク部分のイオンの移動は単純な拡散よりも速く,この結果を反映し,チャナル内の安定サイト間のイオンの移 動のダイナミクスは指数関数よりも速くなっていることを明らかにした。
c) 液体を急冷すると,融点で結晶化せずに過冷却液体,さらにはガラスとなる。とくに,過冷却液体では,温度低下によ り相対的に相互作用が増すために,通常の液体状態に比べ揺らぎの影響が顕著となる。過冷却水の分子動力学計算 を行い,分子の運動を調べた。また,ラマン分光や周波数依存熱容量を解析した結果,約60,200,500 cm–1に見られる 分子振動のピーク位置の温度依存性はほとんど見られないが,過冷却水における著しい運動の遅延は水素結合ネッ トワークの組み替え運動によることを明らかにした。さらに,等積・等圧熱容量の温度依存性の解析から,過冷却水 においては密度揺らぎが非常に大きく,低密度液体と高密度液体の間での揺らぎの大きさを明らかにした。
B -1) 学術論文
T. YAGASAKI, K. IWAHASHI, S. SAITO and I. OHMINE, “A Theoretical Study on Anomalous Temperature Dependence of pKw of Water,” J. Chem. Phys. 122, 144504 (9 pages) (2005).
186 研究系及び研究施設の現状
T. UEMURA, S. SAITO, Y. MIZUTANI and K. TOMINAGA, “Isotope Dilution Effects on the Hydroxyl Stretch Bands of Alcohols,” Mol. Phys. 103, 37–44 (2005).
A. SHUDO and S. SAITO, “Slow Relaxation in Hamiltonian Systems with Internal Degrees of Freedom,” Adv. Chem. Phys. 130, 375–421 (2005).
B -3) 総説、著書
斉藤真司, 「吸収・反射分光 5.1 概要」, 第5版実験化学講座9「物質の構造I 分光 上」, 日本化学会編, 丸善 (2005).
B -4) 招待講演
S. SAITO and I. OHMINE, “Theoretical study of two-dimensional Raman spectroscopy of liquids,” Pacifichem2005, Honolulu (U.S.A.), December 2005.
S. SAITO, “Two-dimensional Raman spectroscopy of liquid and solid water,” Czech-Japan Theoretical Chemistry Symposium, Prague (Czech), September 2005.
S. SAITO, “Two-dimensional Raman spectroscopy of liquids,” Telluride Scientific Research Conference on “Nonlinear ultrafast spectroscopy in fluids,” Telluride (U.S.A.), June 2005.
S. SAITO, “Two-Dimensional Raman Spectroscopy and Molecular Dynamics of Liquids,” Japan-Korea Symposium, Okazaki (Japan), March 2005.
斉藤真司 , 「液体の運動と多次元振動分光法」, スーパーコンピュータワークショップ 2005, 岡崎 , 2005年 3月 .
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
理論化学討論会世話人会委員 (2002- ).
B -8) 他大学での講義、客員
東京大学大学院総合文化研究科, 「相関基礎科学特別講義I(溶液の分子論的ダイナミクスと分光解析)」, 2005年11月30 日 -12月 2 日 .
東京大学大学院総合文化研究科 , 客員助教授 , 2005年 4月 - .
B -10)外部獲得資金
基盤研究(B )(2), 「化学反応および相転移ダイナミクスの多次元振動分光法による理論解析」, 斉藤真司 ( 2004 年度 -2006 年度).
基盤研究(C )(2), 「凝縮系の揺らぎおよび非線形分光に関する理論研究」, 斉藤真司 (2001年度 -2002年度). 基盤研究(C )(2), 「溶液内化学反応と高次非線形分光の理論研究」, 斉藤真司 (1999年度 -2000年度).
奨励研究(A ), 「溶液の高次非線形分光と化学反応ダイナミクスの理論研究」, 斉藤真司 (1997年度 -1998年度).
研究系及び研究施設の現状 187 C ) 研究活動の課題と展望
我々は,凝縮系の2次元ラマン分光法の解析を進めてきた。これまでに,液体二硫化炭素や水,氷,アモルファス氷の解析を 行い,2次元ラマン分光法が非調和ダイナミクスや構造の違いに敏感であることを明らかにした。実験研究は行われていな いが,現在,水の2次元遠赤外分光法についても解析を進めている。また,多次元中性子散乱への理論展開を進めている。 また,生体系ダイナミクスの解析としてイオンチャネルの解析を行い,チャネル部分へのイオン拡散のダイナミクスが単純な 拡散過程よりも速いことを明らかにした。今後,生体系における構造変化ダイナミクス,機能性への関連についても解析を進 めていきたい。さらに,過冷却水のダイナミクスについて解析を行っている。この解析を進め,液体の性質(strong,fragile)が どのように変わりうるのか,K auzmannパラドックス回避の分子論的機構などについて明らかにしていきたい。